不満の渦中から「指輪の紛失」というパニックへ
TK
こんばんは。認定コーチをしております、TKでございます。本日は、私の人生を文字通り「ひっくり返した」ある体験について、心を込めてお話しさせていただきますね。
実を申しますと、私は長い間、夫のことがあまり好きではありませんでした。きっかけはお見合い結婚だったのですが、どこか心の奥底で「この人を好きになりきれない」という冷めた感覚を抱えたまま、何年も、何十年も月日が流れてしまったのです。 日々の生活は、私にとって苦労の連続でした。夫はいわゆるモラハラ気質で、食事のたびに「お茶」「おかわり」と、指図するように私を動かします。私は台所と食卓を何度も往復しながら、まるで召使いのように扱われていると感じていました。湯気の立つお茶を差し出しながら、心の中では「どうして私ばかりがこんな思いをしなければならないの?」「どうしてお見合いなんてしてしまったんだろう」という不満が、黒い澱(おり)のように積み重なっていたのです。
Gメソッドを学び始めてからは、少しずつ変化はありました。「腹が立つ」という感情を認めて外に出したり、自分を労ったりすることはできるようになっていたのです。それでも、夫に対する「なんとなく拒絶したい」という最後の一歩が、どうしても変わりませんでした。そんな膠着状態の中、事件は起きました。あの大切な結婚指輪を、失くしてしまったのです。
今、金の価格が非常に高騰していますよね。私の指輪も純度の高い金でしたから、失くしたと気づいた瞬間の血の気の引くような感覚は、今でも忘れられません。「どうしよう、あんなに高価なものを……夫に知られたら何を言われるか」という即物的な焦りと、恐怖に近いパニックで頭がいっぱいになりました。 それからは、まさに血眼になって探し回りました。車の中のシートの隙間、家中の棚の裏、さらには庭の草むらまで……。通常、Gメソッドを実践していると「見つかりました!」と先に完了形で宣言する『予祝』をすることで、不思議と物が出てくることが多いのですが、今回ばかりはどれだけ宣言しても、どこをどう探しても見つからないのです。数日間、私は深い自己嫌悪と絶望の中に沈んでいました。
分析レイヤー:お詫びツイートが引き起こした「鏡の法則」の変容
そんな絶望のどん底にいた時、ふと、不思議な感覚に襲われました。執拗に指輪を探すのをやめ、静かに座ってみた時、心の中で指輪に対して話しかけたくなったのです。それが、私にとっての運命を変える「お詫びツイート(心の中での発信)」の始まりでした。
「指輪さん、本当にごめんなさい。今まで、あなたのことを『ただの貴金属』としてしか見ていなかった。大切に扱わなくて、本当にごめんなさい。あなたは、私と夫を繋いでくれる唯一の象徴だったのに……。不満ばかりで、あなたに込められた意味に感謝もせず、雑に扱ってきてしまった。本当に今までありがとう。どうか、私を許してください」
そうやって指輪に対する謝罪と感謝を、一文字ずつ心の中で紡いでいると、不思議なことに、あんなに嫌っていた夫への感情が溢れ出してきたのです。「夫に対しても、私はずっと冷たい壁を作っていた。彼なりに働いて家族を支えてくれているのに、私は被害者の顔をして、彼を拒絶し続けていた。……夫よ、本当にごめんなさい。許してください」 これが、Gメソッドで言うところの「お詫びツイート」と、相手とのエネルギーを調和させる「和合(わごう)ツイート」の瞬間でした。
すると、そのわずか30分後のことです。買い物に行こうと車のドアを開けた瞬間、目を疑いました。一度は完璧に、それこそ指先で何度も確認したはずの助手席の座面に、ぽん、と指輪が置いてあったのです。「えっ、あんなに探したのに? 魔法でも起きたの?」と、震える手で指輪を拾い上げました。まるで指輪が私の心の変化を待っていて、自分の意志で姿を現してくれたかのような衝撃でした。
しかし、本当の「奇跡」は指輪が見つかったことではありませんでした。その直後、帰宅した夫に対して、私自身の態度が劇的に、そして自然に変わっていたのです。 それまでは「お茶!」と言われると、「自分で淹れてください」と刺々しく返していたのが、その日は心の底から「あなたの好きな熱いお茶を淹れますね」と、笑顔で応えることができたのです。お茶を淹れるという行為そのものが、苦行から「喜び」へと変容していました。
すると、あんなに無愛想だった夫が、お料理を出した時にふと、ボソッとこう言ったのです。「……ありがとう」 結婚生活の中で、彼からそんな言葉を聞いたのは初めてでした。私にとっては、金の指輪が見つかったこと以上に、夫の口からその一言が出たことこそが、宇宙がひっくり返るほどの「奇跡」に感じられました。
結局、自分の心が「鏡」だったのですね。鏡の中に映る「不機嫌な夫」という像をいくら指で拭って変えようとしても、鏡の前に立つ自分自身の顔が「不満」で汚れていれば、映る景色は一向に綺麗になりません。まず自分自身の心を「お詫び」と「感謝」という洗剤で清めること。それが、物理的な消失物さえも呼び戻し、相手の心を、そして現実の景色を鮮やかに変えていく唯一の方法なのだと、失くした指輪が命懸けで教えてくれた気がします。